ライフワークを持つということ

もともと私は、
ごく普通の人生を思い描いていました。
大学を卒業して会社員として働き、
60歳で定年を迎え、
その後はのんびり過ごす。
それが当たり前で、
それでいいと思っていました。
でも、気づけば時代は変わっていました。
終身雇用や年功序列は当たり前ではなくなり、
人生100年時代という言葉が、
現実味を帯びて聞こえてくるようになりました。
40歳になったとき、
ふと立ち止まって考えました。
このままの延長線上に、
自分が本当に望む人生はあるのか。
人生の終わりに、
「いい人生だった」と思えるのか。
そのときに思ったのは、
残りの人生を、
もっと自分らしく生きたいということでした。
そしてそれは、
自分ひとりではなく、
妻と一緒でなければ意味がない。
そこでたどり着いたのが、
「ライフワーク」という考え方でした。
仕事のあり方には、いくつかの形があります。
生活のために働く「ライスワーク」
好きなことを仕事にする「ライクワーク」
そして、人生そのものと仕事がつながっている「ライフワーク」
自分が惹かれたのは、
この「ライフワーク」という生き方でした。
ただ時間を過ごすのではなく、
日々の中でやりがいを感じながら生きていく。
誰かに必要とされ、
自分自身も納得できる時間を積み重ねていく。
そんな生き方に、強く惹かれました。
当初は、
「定年になったら」と思っていました。
でも、一度考え始めると、
その気持ちは止まりませんでした。
いつかではなく、
今、動きたい。
そう思いました。
とはいえ、
簡単に決められるものではありません。
人生をかけるものだからこそ、
迷いもありました。
妻にも、
同じ気持ちでいてほしい。
そんな思いもありました。
その中で浮かんできたのが、
農業でした。
「将来は2人で家庭菜園でもできたらいいね」
そんな何気ない会話が、
ずっと心のどこかに残っていました。
もちろん、不安はありました。
大変な仕事で、
収入も安定しない。
天候にも左右される。
でも、
どんな道を選んでも、
うまくいく保証なんてありません。
それなら、
自分たちが納得できる道を選びたい。
そう思いました。
ライフワークは、
どこかにあるものを見つけるのではなく、
自分で作っていくものだと思っています。
うまくいくことばかりではない。
思うように進まないこともある。
それでも、
少しずつ積み重ねていく。
三歩進んで、二歩下がる。
それでも前に進んでいく。
その先に、
自分たちなりの人生があります。
そしてこの選択が、
mökkiのはじまりにつながっています。
富里ブルーベリーファームmökki
オーナー 堀江 貴裕
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